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アラフォー父ちゃん

仕事、家庭、育児、人生、惑いまくりの名もなき団塊ジュニアのつぶやき

正直人脈作りには向き不向きがある。

仕事・キャリアのこと

月曜日だけど飲み会があった。


全部署で関わっていたミャンマーゆかりの集まりに呼ばれて参加させてもらった。


老若男女、いろんなバックグラウンドの人たちが集まってた。

主な面々は、7~8年前にミャンマー駐在で苦楽をともにした人たち。


その中で自分のミャンマーキャリアは浅い。


初対面が6割以上、顔見知りだけど、特に共通の話題もない人が3割、気兼ねなく話せる人が1割に満たないくらい。


ただひたすら笑顔で相づちを打っていた。


こういう会は、楽しいか楽しくないかで言うと、楽しいと言えるんだろうけど、めちゃくちゃ楽しかったわけでもない。


それなりに会話はしていたけど、自分の中ではひたすら謙虚に、相手のご機嫌取りばっかりしてたような気がする。


今回は幹事の独断で個別に呼んでくれた。その意味ではわざわざご縁を提供していただけた。


でも未だにこのご縁を自分の縁に変える力はない。


今日の会での一番の年長者はもう70前後。

いまだに元気に仕事されてる今の職場のOBだ。


酒の入ったその人の話はとめどなく出てくる昔話。

正直どこまで信じていいかわからないけど、それでもわかるのはその人がその人なりの密で長期的な人間関係を築いてきたんだろう、ということ。


自分からすれば大先輩に当たるいろんな名前が、「自分が世話した相手」としてどんどん出てくる。


うがった見方をすれば、延々と人脈の自慢話をされていたともとれるけど、それ以前に話を聴きながら、人脈を作るにも向き不向きがあるのかなと感じていた。


自分は、、


正直「誰々を世話した」とかは言わない。


そもそもウェットな関係が得意でない。


いや、正確に言うと嫌いじゃない。

でもなかなかそういう気持ちが言動に表れにくい。


「こういう言い方したら、土足で踏み込みすぎかな」、とか「失礼に当たるかな」と、どうしても自分から懐に飛び込めない。


だから飲み会の席とはいえ、ずかずかと人に踏み入りながら、自分の自慢を惜しげも無く話す人はうらやましい。


人脈ってなんなんだろうと思う。


もちろんただ名刺交換したところで何も生まれないことは百も承知。


そこにもう一歩踏み込んだ何かがいる。


こいつは楽しい、また会いたい、繋がっていて為になる、と思わせることか。


人脈ってやっぱり当事者間の距離の近さに比例するように感じる。


自分にどこまでできるかはわからないけど、その「近さ」を確保するために、その人たちは、物怖じせず突っ込むこと、そしてまず何らかの提供をしているように感じる。


その人が今後長く付き合うに足る人物かどうかはあとで考えてもいい、というスタンス。


まずは自分が胸を開き、かつ相手の喜ぶことをする、あるいはすくなくとも一生懸命考える。


それが人脈に欠かせない所作なんだろう。


頭ではわかってるんだけどねえ。

せめて会った人に自分ができることは何だろう、と想像してみることから始めるか。