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アラフォー父ちゃん

仕事、家庭、育児、人生、惑いまくりの名もなき団塊ジュニアのつぶやき

甲子園優勝に導いた大阪桐蔭の主将の作文が感動と話題

 今年もいろいろな感動を呼んだ高校野球が終った。

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 夏休みを楽しみにしてた頃は、甲子園が始まるころが楽しさピークで、優勝が決まるころは、少し涼しくなり、「もう終わり!?2学期が始まるやん。。」という一抹の寂しさを覚えるころだったと思う。

 

 今年は大阪桐蔭が優勝した。

 そのキャプテン、中村誠君が話題になってる。

 優勝に導いたキャプテンシーや打棒ではなく、作文で。

 

 

 中学3年生の時に書いたその作文。なんと全国で最優秀賞をとったらしい。

 

 今年の優勝校を率いたキャプテン、そのキャプテンが強く心に決めた温かい気持ち。

 優勝したからこその美談としてとらえられるのかもしれないし、人知れずこういった素晴らしい心を持って生きている人はきっとたくさんいるだろう。

 

 でも、相手が最終的にどう思おうとも、またすべてでなくても、「自分のため」だけでなく「誰かのため」に生きよう、頑張ろう、と心から思える人は強く尊い。

 

 そう思わせられる作文だ。

  

中村 誠
(福岡県・糸島市立志摩中学校3年)

 

僕には、絶対叶えなければならない夢があります。

 

僕には体に障害を持った友達がいます。体の右半分はマヒしていて、右手はブラブラしていますが、右足は少し動くので介助すると歩くことができます。えん下障害もあるので食べ物は細かくきざんだ物にとろみをつけて介助でゆっくり食べれます。水分は多く飲めないでお腹に開けた胃ろうからチューブを通して注入します。それから失語症もあり全く声が出ません。文字盤も使えないので自分の意志を伝えることはできないのです。とても不便な生活を送っています。

 

その友達と知り合ったのは僕が小学五年生の頃、四年前です。僕が野球の試合に出るようになり、対戦相手だった子と友達になった。その子は同級生と思えないくらいに野球が上手だった。ポジションも一緒だった。試合にも負けた。僕はとても悔しかった。「絶対に負けたくない」この気持ちを胸に僕は一生懸命練習した。小学生の最後の大会の決勝戦でそのライバルのいるチームと戦った。延長戦で僕のチームが優勝することが出来た。でも僕は勝ったとは思えなかった。だから中学生になっても別のチームで戦っていくことを約束した。しかしその友達といるチームとの試合があっても友達はいなかった。


友達は障害者になっていました。障害者になって三年になります。三年前のある日を境に突然障害者になってしまったのです。原因は病気です。本当に急な出来事でした。当時僕は大きなショックで友達を受け入れることができませんでした。

 

そんな友達を見て、初め「かわいそう」だと思っていました。でも一生懸命にリハビリに取り組んでいる友達の姿を見ていると、僕は「かわいそう」と思うのは良くない事だと思うようになりました。なぜかというと、人に対して「かわいそう」と思うことは、その人を見下しているように思ったからです。友達は障害を持ちながら一生懸命に生きているのに、上からの目線はごうまんで大変失礼なことだと思いました。このことは友達に対することだけではなく、全ての障害者に対して共通する気持ちです。障害者になりたくてなった人は誰もいません。そして誰もが障害者にならないという確率はゼロではないのです。

 

友達のように突然、病気になるかもしれないし、事故にあってけがをしたり、またどんな災害に出くわしてしまうかもしれません。もし僕がそうなったとしたら、想像するだけでもつらいことですが、そんなとき僕は人から同情されたくないと思います。「かわいそう」と思われたくないのです。人間はどのような障害を背負っていようとも、命ある限りは生きていかなければならないことはみんなに平等に与えられていることです。ただ生きていくための条件が良いか、少し悪いかという差だけのことだと思います。だから僕は障害者を見て「かわいそう」と思うことが許せなくなりました。

 

僕はお見舞いに行くと友達の車いすを押して出かけることがありますが、よく他人の視線を感じることがあります。自分と違う人を見ると違和感を持つ人が多いのだと思います。でも自分と人は違っていて当たり前なのだし、その他人を認めることは最も大切なことだと思います。世の中のすべての人が自分と違う他人を受け入れることこそ、差別のない社会の実現につながっていくように思います。

 

友達のためにも、僕は野球を一生懸命頑張りプロ野球選手になり活躍します。