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アラフォー父ちゃん

仕事、家庭、育児、人生、惑いまくりの名もなき団塊ジュニアのつぶやき

政治ってほんとくだらん!と思ってるひとへ。意外とタメになる話もあるよ。

政治には二つの愛すべき残念な特徴がある。

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幼稚なほど感情的

一つは、あまりにも感情的で不合理であるということ。

 

見栄をはる、怒る、徒党を組んで悪口を言う。

国内でも国際場裏でも。

 

あまりにも人間臭い。

 

でもそれもしょうがないか。


政治というのは国民の縮図。

良くも悪くも市民目線。

 

国民の怒りやわがままを給料もらいながら一生懸命代弁してるだけのこと。

言うなれば僕らの有料スピーカーか。
ただたまに僕らの意思にかかわらず、勝手に声を出すけど。


昔のことにくよくよする 

もうひとつは、過去への執着。

 

歴史認識という言葉で、何十年も議論する。

あの時彼はこう言った、あの時はこういう約束だった。

 

ルールなんてあってないようなもの。

いろいろ相対的な関係性のもとで物事が決められて行く。

 

そこに絶対的座標はない。

だからこそ歴史に頼りながら、永遠に漂流してるんだろう。

 

これまた残念なことについ過去を振り返りがちな僕ら個人の資質に見事にマッチする。

 

ただいい点もある。


言葉の重み。

 

だいたい客観性や絶対性なんてあって無いようなもの。
だからこそ政治家はその場その時に発する言葉に全力を注ぐ。

 

まあ、実際は原稿は官僚やスピーチライターがきれいに作るものをただ読むだけだけど、それでもそれらの発言は歴史に溶け込んで残っていく。

 

だからこそたまに聞く美しい話は素直に心を打つこともある。

 

最近引用ばかりで申し訳ないけど、今日たまたまSNSで出回ってた美談。

【インド国会】安倍総理の演説後、インドの国会議員が全員総立ちになり長く拍手が鳴り止まなかった
日本では全く報道されなかったのに、インドの主要一流メディアは新聞の全面を割いて一言も略さず全文を伝えた美談。

それにしても、インドと日本を結ぶ友情たるや、私には確信めいたものがあるのですが、必ず両国国民の、魂の奥深いところに触れるものとなるに違いありません。

 私の祖父・岸信介は、いまからちょうど50年前、日本の総理大臣として初めて貴国を訪問しました。

当時のネルー首相は数万の民衆を集めた野外集会に岸を連れ出し、「この人が自分の尊敬する国日本から来た首相である」と力強い紹介をしたのだと、私は祖父の膝下(しっか)、聞かされました。

敗戦国の指導者として、よほど嬉しかったに違いありません。

また岸は、日本政府として戦後最初のODAを実施した首相です。

まだ貧しかった日本は、名誉にかけてもODAを出したいと考えました。

この時それを受けてくれた国が、貴国、インドでありました。

このことも、祖父は忘れておりませんでした。

私は皆様が、日本に原爆が落とされた日、必ず決まって祈りを捧げてくれていることを知っています。

それから皆様は、代を継いで、今まで四頭の象を日本の子供たちにお贈りくださっています。

ネルー首相がくださったのは、お嬢さんの名前をつけた「インディラ」という名前の象でした。

その後合計三頭の象を、インド政府は日本の動物園に寄付して下さるのですが、それぞれの名前はどれも忘れがたいものです。

「アーシャ(希望)」、「ダヤー(慈愛)」、そして「スーリヤ(太陽)」というのです。

最後のスーリヤがやって来たのは、2001年の5月でした。

日本が不況から脱しようともがき、苦しんでいるその最中、日本の「陽はまた上る」と言ってくれたのです。

これらすべてに対し、私は日本国民になり代わり、お礼を申し上げます。

 

↓もと原稿全文はこちら
外務省: インド国会における安倍総理大臣演説「二つの海の交わり」


こういう感謝の言葉はいつの時代も誰に対しても刺さる。

 

政治の場では、人間臭い人間の各国の代表がそろってるようなもんだから、なおさら感情に訴えかける。

僕らの日常だって同じ

でも僕ら民衆の代表、人間臭さのプロの政治家に通じるということは、結局根っこは同じの僕らにも通じる。

 

妻、家族、友人、同僚。
彼らに対して、「あの時はありがとう」「その時のあなたの振る舞いのおかげで、、」と過去の感謝を忘れず積み重ねて行けば、自然と自分の周りが素敵なものになれそう。

 

感謝の歴史を積み重ねよう。