読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アラフォー父ちゃん

仕事、家庭、育児、人生、惑いまくりの名もなき団塊ジュニアのつぶやき

後藤健二さんの死を無駄にしないために、まず僕らが対峙すべきこと

社会・世界のこと
昨日は世界中で怒りが渦巻いてる気がした。
 
「非難」「憤怒」「抗議」、、各国要人の激しい言葉が紙面を踊っていた。
 
今回の事件は、自分の仕事にも暗い影響を及ぼしかねない大変な事件だ。
 
このまま渦巻く怒りの勢いをかって、日本はどこへ向かうのか、そしてその中でこれまで正しく意味のあることだと思ってきた自分の仕事が、無力になるのか、意味を失うのか、何か得体の知れない不透明感が職場を覆っていた。
 
世界中が負の感情に包まれてる中、自分の仕事になんの意味があるんだろう、どれだけの貢献ができるんだろう、そもそも安全にできるんだろうか、と不安は尽きなかった。
f:id:ara4daddy:20150202233445j:plain

そんな日の帰り道、見つけたのがこの記事だ。
 
正直、アタマをガツンとやられた、というか、なんとなくクヨクヨ考えていたことが、いかに自分勝手で小さなものかを思い切り突きつけられた感じだった。
 
今回の事件で、イスラム国はどうやっつけられるのか、これから報復合戦が始まるのか、仕事はどうやって安全にできるのか、そもそも日本社会は安全か、と不安なことばかりに気が取られていた。
 
でもこの記事、いやこのジャーナリストは、僕が全く気づいてなかった正しいことを言っていた。
 
「後藤さんが本当に伝えたかったことは何か。」
 
それは戦争で苦しむ女性や子供、弱者の痛みだ。
 
彼は映像で、支配下地域に入る前、自己責任を宣言していた。何が起こっても恨みもしないとも。
 
ナイフを突きつけられて目を閉じた後藤さんが最後に思ったことが何かはわからない。
 
でも、きっと後藤さんが望んだのは、彼の死をきっかけとした新たな憎悪や怒り、争いではないはずだ。
 
彼の死を悼み、無駄にしないためにできること、それは彼が伝えようとした、またそれを通じて願っていた安らかな社会を僕らで少しずつでも作り上げていくことだ。
 
もちろんイスラム国の仕業が許されるものではない。でも、僕ら一人一人にできることは彼らと戦うよりも、その戦いで苦しむ人たちを少しでも救う努力をすることだ。