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アラフォー父ちゃん

仕事、家庭、育児、人生、惑いまくりの名もなき団塊ジュニアのつぶやき

人に力を与え導く秘訣はどこにあるのか

育児・教育のこと
久しぶりに胸をうつ言葉を見た。 

今日から子供たちは3学期が始まる。 
特に4年生の息子は、今年大当たり。 

評判の担任にあたったおかげで、クラス全体が活気付き、またクラスを「家族」に例えるほどみなが仲良くなり、そして先生を慕う状況が生まれている。 

そんな中、微妙な年ごろの入口に立ちつつある息子もおかげで毎日活き活きと過ごし、意外な個性も発揮し始めている。 

始業式の直前の準備で、カバンから出てきたのが、4月以来130号を数える毎回担任の先生が送ってくれる通信。 

2学期最後の通信が埋もれていたのを今頃出してきたものだが、そこには2学期を振り返ったクラス全員のコメントが数枚にわたってまとめられていた。 

①2学期の思い出、②クラスメイトへのメッセージ、そして③担任へのメッセージだ。 

今年のクラスの良い環境を象徴するような内容が子供たちの発するメッセージにほとばしっていたが、とりわけ目を引いたのがある子が担任にあてた言葉だ。 

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「おこらないでいてくれてありがとう。今まで先生はおこると思っていた。」 

近年、発達障害という言葉が一般的になってから、どの学年・どのクラスにもそういうように言われる子供たちがいる時代になったが、聞くとこの発言の主は、毎日親が付き添わないといけないほどの生徒さんらしい。 

詳細は知らないが、なかなか他の友達とうまく接することができなかったり、学習が追い付かなかったり、いろいろ先生に迷惑をかけることが多かったんだろう。 
きっと、本人は悪気もないし、一生懸命やってはいたんだろうけど。 

そういう何とも言えない残念だけどしょうがない感じはすごくわかる。普通の人からすれば。 

でもそれがこの言葉だ。 
きっと、その子にとってもこの1年の担任の存在はとても大きかったんだろう。 

思わずその子の気持ち、親の気持ちなどに思いが至り目頭が熱くなってしまった。 

この言葉から、なぜこの担任がこれほどまでに生徒から慕われているのか(しかも今年の息子のクラスだけでなく、代々そうだと聞く)、その一端を見た気がする。 

「受容される」 
「認められる」 
「褒められる」 

クラスの父親的存在のその担任が、一人一人に対して愛情をもって接し、そしてその個性を尊重してくれているんだろう。 

教育、子育て、人間性、全てに通じる大切なものを改めて気づかせてくれた。